福田新内閣 

今日、福田自民党総裁が、第91代内閣総理大臣に選ばれた。


父である、故福田赳夫元首相と親子での首相は初めてという
ことであるが、安倍前首相の突然の辞任で完全に機能不全に
陥っている国会を、早く正常な状態に戻して頂きたい。


新内閣の顔ぶれは、真新しいさはないが、今求められるのは、
「斬新さ」よりも、「確かさ」であることは間違いない。


旧態依然の派閥政治に逆戻りという指摘もあるが、大事なこ
とは、きちんと舵取りを行うことであり、派閥だ何だという
ことは、二の次である。


企業経営も同じであるが、信頼、信用を築くのは、非常に時
間がかかるものである。一方、信頼を失うのは一瞬である。


福田新内閣において、唯一救いなのは、引き継いだ時期が、
内閣支持率でもこれ以上ないほどのどん底であり、これ以上
下がりようがない状況でのバトンタッチであったということ。


あとは、上がるばかり・・・と期待するばかりだ。

豊かな時代だからこそ 

最近、個人的に「感性」というものについて、いろいろと
勉強しています。


人は、経済的に豊かになると、感性が鈍る…と。


経済的豊かさは、感動したり、驚きを感じたりすることが減る。
「感じる」ことよりも、「理屈」「理論」を重視する。
要するに、「感性」よりも「理性」重視の行き方になる。


よくよく考えると、なぜ我々は生まれ、そして死ぬのか。
こんなことは理屈で考えることではなく、感じることなんだろう。


我々はコンサルティング会社として、経営計画の作成をお手伝い
しているが、これは「理屈」であり、手段である。
目的は「経営者の『想い』の実現」に他ならない。想いを実現す
るために、どうすればよいのか、を考えることが経営計画であり、
つまり、経営者の心から湧き上がる『想い』がない経営計画は、
「魂のない仏」と同じである。


我々は何のために生まれるのか?
同様に、企業は何のために存在するのか?

その中で、経営者、経営陣としての使命は何か?


弊社では、そういった「想い」を「ビジョン構築」という形で、
明確にするお手伝いをしています。(経営ビジョン構築セミナー)

ご興味ご関心のある方は、お気軽にお問い合わせ下さい。
(052−962−2022。担当の水谷まで)


このセミナーは、文字通り「理屈」ではなく「自分」に向き合う
ための時間です。内なる自分と向き合ってみて下さい。


※なんだか、今日は変な夢ばかりみました。
 フィリピンの夢は衝撃的でした。
 平和ボケしている自分を改めて感じるとともに、今の現状が
 幸せであることに改めて感謝するとともに、自分の命を、本当
 に使いきっているのか、考えるきっかけをくれました。

人事 

昨日に引き続き政治ネタ。

自民党総裁が福田氏に決まり、早々自民党幹部の人事が決定した。

幹事長は伊吹氏、政調会長に谷垣氏、総務会長が二階氏、これが
これまでの「党三役」であったが、今回、総務会長候補であった
古賀氏が、自身で「選挙対策」の方が自分にはあっていると進言
したとかで、「選挙対策委員長」なるものができあがり、党四役
へなったとか。

いずれも、総裁選で福田氏を推薦した各派閥の中心的人物という
ことだが、これをみて「派閥政治」への回帰と見る向きも多い。


民主党の鳩山氏は、インタビューで「古い自民党に逆戻り」だと
言っていたが、果たしてこの人事、吉と出るか凶と出るか。


何も派閥人事は政治だけにあるものではない。
企業でも、とくに大手企業では派閥人事なるものはある。


派閥人事が良いか悪いか、一概には言えないが、少なくとも、
度が過ぎると、全体が「内向き」になってしまい、本来向くべき
お客様をないがしろにしてしまう危険性がある。

これは政治も同じ。
国民をないがしろにした政治は、長く続くわけがない。


自民党には、失った「信頼」を取り戻すためにも、国民が幸せに
なるために、今、何をなすべきか、真剣に考えてもらいたい。


また、我々国民も、真剣に、自分たちの将来、子や孫の将来、
日本の将来を考えて、政治を見守っていく必要があるだろう。


ただし、昨日も書いたが、「依存」してはいけないが。

福田総裁 

自民党の総裁選挙があった。

結果は、福田康夫氏の当選。

自民党総裁とは、現在の体制下では「日本国の総理大臣」、
つまりリーダーである。


福田さんが、本当の意味でリーダーシップを発揮して、
日本を良い方向に導いてくれるのか、期待したいところで
はあるが、期待と依存は違う。


やはり、我々は我々の人生を人に「委ねる」ばかりでは
いけない。


自分でできること、自分が影響を与えることができる範囲で
できることをひとつひとつ行うことも大切なこと。


今の日本に必要なことは、リーダーシップを発揮してくれる
総理大臣の誕生よりも、自分たちで自分を、まわりを、社会
を、そして日本という国をよりよくしていこうという想いを
国民一人ひとりが持つことであろう。


そんな想いが高まったとき、リーダーは本当の意味でリーダー
としての仕事を全うできるのではないだろうか。


そんなことを感じた。


体感すること 

みずのたたえのふかければ
 おもてにさわぐみなもなし。
  人のなげきもふかければ、
   おもてぞ、いよいよしずかなる。

                 高橋元吉



人間の器というものは、その人が経験したもの、乗り越えてきた
ものが大きく、険しいものであればあるほど、大きくなるので
あろうと最近感じる。


ピンチはチャンス。
苦労は買ってでもしろ。


その意味と相通ずるものがある。


だからといって、あえて不幸な道を歩む必要もないのであろう。

我々には、「疑似体験」によって、体験を増やす「能力」がある。
教育研修とは、まさに「疑似体験」の役割を担っているのである。


弊社で行っているマネジメントゲーム研修は、まさに「疑似体験」
研修である。社長を経験せずに、社長の苦労を知ることは難しい。

このマネジメントゲーム(MG)研修は、ゲームを通じて社長業を
体感し、計数能力や意思決定能力を高めるものである。

10月26日、27日の2日間で行われる研修に興味がある方は、
こちら

ちょっとしたこと 

先日、ある先生にお礼状を出した。

その先生から、携帯電話に留守電が入っていた。
お礼状に対しての御礼の電話であった。


これまで、何度かお礼状を出したことはあった。
しかし、お礼状に対しての御礼の電話を頂いた
ことはなかったし、お礼状などをもらったこと
も何度もあるが、それに対してお礼の連絡をした
ことはなかった(お礼状を返信したことはあったが)。


今回、連絡を頂いて、これまでお礼状を頂きながら
電話1本しなかった自分が恥ずかしく思えた。


ちょっとしたことで、その人の「値打ち」みたいな
ものは図られるのであろう。

大きな気づきを得た。


ありがとうございます。




真剣さ 

真剣と真面目の違い、考えたことありますか?


辞書を引くと、同じような意味なのですが、
ある人いわく、全然意味が違うそうです。


真面目というと、とにかく、深刻に眉間にしわを寄せて、
難しい顔をして取組んでいる姿だそうです。
そこには、立ち止まるゆとりや周りを見る余裕すらない。
結果としては、一生懸命やっているのに、成果があがらない。


一方、真剣というと、そこに「軽さ」と「明るさ」があり、
悲壮感のかけらもない。そのことそのものを楽しむ雰囲気が
ある。


管理者、リーダーに求められるものは「真面目さ」ではなく
「真剣さ」なんでしょう。


明るい職場をつくるのは、真剣なリーダーのみです。



笑いと遺伝子 

笑いと遺伝子の関係。

そんなことを、真剣に考えている人がいる。

それは、遺伝子の権威である筑波大学名誉教授の村上和雄氏だ。

本日、村上先生のお話を聞く機会があり、先の「笑いと遺伝子」
の話をお聞きした。

笑いと遺伝子の関係を研究するのに、笑いと病気の関係をまずは
研究しているということであったが、笑いが糖尿病に大きな影響
を与えるであろうことを、最近発見したということであった。

そのことを裏付ける実験として、
1)大学教授の講義を40分間聞く
2)お笑い芸人の「ネタ」を40分聞く
以上、2つを行ったあとに、それぞれ血糖値を測定して、どのよ
うな影響が生じるのかを測定したということ。

その結果は、
1)血糖値 123
2)血糖値  77
というように、その差は何と「46」だったということ。

このような実験の結果を導き出した要因は何か?

多くの病気は、「ストレス」との関係が大きいということ。
しかし、ストレスが全て悪いわけではなく、ストレスには、良い
ストレスと悪いストレスとがあり、笑いというのは、いわゆる、
良いストレスになるようだ。

そして、良いストレスは、人間が本来持っているのに発揮されて
いない能力(遺伝子の力)を、「オン」にする力を持っている、
ということであった。

50分間の講演であったが、村上先生の話は、非常にテンポが良
く、さらには「ウィット」に富んでおり、聞く人を飽きさせない
内容のものであった。もっと詳しい内容をお伝えしたいところで
はあるが、今日はこのくらいにするとして、今回の講演を聞いて
感じたことをまとめにしたい。

それは、我々が持っている遺伝子は、大きな可能性を秘めている
ということ。残念ながら、その遺伝子の力を、ほとんど活用でき
ていないのが現状であるが、逆に言えば、眠っている遺伝子を、
起こすことができれば(いわゆる「オン」にする)、我々の力は
「無限」といってよいものになるのかも知れない。
そして、その遺伝子というのは、46億年前に地球が誕生して、
38億年前に「生命」が誕生してから、今日までずっとその命の
バトンを絶えさせることなく続いてきた歴史を考えると、過去の
すべての生物の生きる力すべてを内在していることになるわけで、
我々人類の可能性は、非常に大きなものがあるように感じる。

その力を活かすも殺すも、そのことに気づいて、実行に移せるか
どうかにかかっているのであろう。

ヤマトは我なり 

ヤマト運輸の経営理念に「ヤマトは我なり」というのがある。

この言葉が何を意味するのか?

その答えは、昭和21年の元旦に行った社長訓示にある。


「我が社にありては人、即ち従業員をもって、会社構成の
 第一義となすものなれば、従業員の職分の如何を問わず、
 和中協力おのおの会社代表するの精神をもって業に従い、
 我をおいてヤマトなしヤマトおいて我なしの信念に生きる
 べし」


ヤマト運輸を「宅急便」で急成長させた「小倉昌男氏」の言葉
ではなく、父であり創業者の言葉が、今のヤマト運輸の成長の
基盤となっていることは間違いのないことであろう。


そんな中、道元が中国へ行くときに舟に乗ったときのことを
思ったであろう言葉というのを知った。


「生というは、たとえば人の舟にのれるときのごとし。
 この舟は、われ帆をつかい、われかぢをとれり、
 われ竿をさすといへども、舟われをのせて、舟のほか
 にわれなし、われ舟にのりてこの舟も舟ならしむ」


ここでは、私が舟に乗って、船のほかに私はないんだと言って
いるのであろう。この舟を組織とみたら、その組織に乗ったら
もう組織以外にい自分はない、ということである。では、自分
はぜんぜん価値のない存在なのか、といえば、自分は「われ、
舟にのりてこの舟を舟ならしむ」というように、舟には命が
ない、私がそれに乗ったから、舟が命を得てこの舟は動きだす
おいうことをいっている。


ヤマトはわれなり、の真の意味が、少し理解できた気がする。