考えることの重要性 

研修の参考資料に、最近読み直している本がある。

考える技術

大前研一氏の著書で、2年ほどまえに出た本だが、
改めて読むと、「論理的に考える」ということの
必要性と、いかに情報を日々「鵜呑み」にしている
かということがわかる。

論理的に考えるということは、良い意味で「疑う」
ということである。

その結論は正しいのか?
結論に導くまでの思考のプロセスは因果関係があり、
そして、その前提になっている情報が「事実」か。

ブログを書いている本人が言うのもなんだが、
最近では、インターネットの検索サイトで情報検索
を行なうと、「ブログ」に行き着くことが多い。
つまり、誰でも気軽に情報が発信できる世の中で、
出所のはっきりしない情報が氾濫している可能性が
高いともいえる。

インターネットの中の情報の量は日に日に増加して
わからないことがあればネットで調べるのが、
ごく当たり前の世界になった。
そんな世の中だからこそ、自分なりの考えを常に持つ
ことを意識したい。
情報の量が増える一方、その情報を判断する力は
向上しているかというと、むしろ「衰退」している
ようにも感じる。


ネットから得られた情報に頼るのではなく、自分が
足で得られた情報、現場の情報を、重要視したい。

そんなことを考えた。

コメント

自慢話・・・

大前研一、堀紘一のお二人に共通する
ことであるが、本の中に、

「俺はすごい。天才だ。」

みたいなことが必ず書いてある。

このあたりは、さらっと読み流すこと
をおすすめします。

マクロとミクロ?

先日、新聞やニュース番組で言われているデータを鵜呑みにして、痛い目見ました。

情報入手は楽しちゃ駄目ですね。

「疑う」ことの重要性

昨日、今日で実施した研修でも
ご紹介しましたが、良い意味で
「疑う」習慣を持つことは、
大事なことかも知れませんね。

この人が言っていることは、
本当なのか、根拠はあるのか、
その根拠は真実か・・・

しかし、人間関係を悪くして
しまいますので、疑い過ぎには
ご注意下さい!

ちょっとは疑え!


何のことかというと。


大前研一、堀紘一、
そして自分の自画自賛のことでした(^^ゞ


最近の私は既に癖の領域を超え病的とさ言えるような気がします・・・(笑)


行き過ぎると過信になるのでしょね。きっと!

鵜呑み・思い込みはだめで、
そこには根拠基づく確信が必要で
このバランスが難しい。

だからよく「謙虚であれ!」とか
いわれるでしょうね。

我は未だ謙虚か???

さて、自分のことはさて置き、
とこで、最近ある部下が私の下につきました。

彼の行動はまだ半人前。
だから、各作業の経過・完成状況、
そして結果を確認しなければなりませんが、それがどうも鬱陶(うっとう)しいらしいのです。

どう思われますか?

放任主義者

>mdsさん
 経過、完成状況の確認で
 うっとおしがられる。

 必要な確認であれば、それは
 うっとおしいと思っている
 本人の大きな勘違いなので、
 正してあげるべきでしょうね。

 むしろ、うっとおしいと思われる
 だけ確認をしているmdsさんは、
 素晴らしいといえます。

 ただし、mdsさん自身の行動で、
 現状を打開しようとすれば、接し方
 言い方を変えることはできるかも
 知れません。

 同じことを指摘されるのも、
 いわれた相手によって、感じは
 大きくことなりますからね。

 ご自身の接し方、言い回し方で
 気になるところはありませんか?

ズバリ、当りでしょう

そうなんです。

ですから、問題は我にありなんですよね。

日頃の私の発言や行動は
上に立つものとして
あまり尊敬できるものではありません。

仕事を依頼するときだけ上司面しているような気がします。

部下の苦労や頑張りをちゃんとみれているか?

上に立つものとして日々緊張しているか?

私の上司に対して甘えていないか?

など、気になる点は沢山あります。
反省すべきは我にあり。
頂いた言葉を励みに今日も頑張ります!!
ありがとうございました。


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