才能とは、努力を継続できる力 

プロフェッショナル仕事の流儀(NHK) 棋士である羽生氏の言葉。

若い頃、勉強しなかったから・・・
もっとあのころ勉強していれば・・・

こんなことを思ったことはないだろうか?

努力さえすれば、もっとできたのでは・・・。

いや、努力できる力そのものが才能であると考えるならば、そう思う自体で私には才能がないのかも知れない。

逆の考えもある。

対して目立った才能はないけれども、努力さえすれば、私も立派な才能の持ち主になるのではないのだろうか。

毎日の努力を怠らないでいたい。

学びつづけること、そのためには、環境が必要だ。
そういった環境に、MBCを活用いただきたい。

満員御礼!対応力でイメージアップ! 

来る3月13日(木)に開催を予定しております下記講座ですが、申込多数につき、お申込受付を終了いたしました。


 ■講座名 応対力でイメージアップ!<女性限定>
        〜演習で体得する電話応対〜
 ■日時  平成20年3月13日(木)13時30分〜17時30分


女性限定で行っております、マナー研修は大変好評につき、毎回満員となっております。来期も、女性講座及びマナー講座の充実を図ってまいりたいと思いますので、今回ご参加を検討されていた方は、来期の研修へのご参加をお待ちしております。

人生は「ドミノ倒し」 

誰かが言っていた。

人生は自分へと続くドミノ倒しだと。

自分の行動が、前の人に影響を与え、順々にそれが連鎖していく。そのドミノは、自分につながっていて、自分の行いは、最後は自分に帰ってくるというもの。

つまり、自分の周りに起こっていることや、自分が人から受けることは、自分が行ったことが周り回って自分に戻ってきているだけなんだと。

自分が善いことをすれば、自分の周りはいつも善いことであふれる。
自分が悪いことをすれば、自分の周りはいつも悪いことであふれる。

先の学ぶではないが、我々は人に役にたつことをすれば、結果自分にもかえってくることを知っている。「自分自分」と自分のことばかりをみんなが考えていたら、ドミノは倒れない。まずは、自分が人に何をできるか?そうやって社会は成り立っているんだと思う。

「じんざい」には「人在」と「人材」と「人財」と書くことがある。

それぞれの意味については、想像にお任せするが、自らが進んで、人の役に立つ人は「人財」なんだろう。我々は、「人材」育成ではなく、「人財」育成を目指したい。MBCはそういう存在でありたい。

現在、来期のカリキュラム編成を行っている。

「人財」を育成するのは、そう簡単ではない。
皆さんのお知恵をお借りして、進めていきたいと思う。

是非、ご意見ご要望をお寄せ下さい。

「学ぶ」意味 

本日、朝の移動中に聞いたラジオ。

東海ラジオ「小島一宏のモーニングあいランド」という番組の「子供を叱ろう」というコーナーで、金城学院大学の榊原博教授が「学ぶ意味」について話をしていた。

人は何のために学ぶのか?勉強するのか?

いい大学にいきたい。いい会社に入りたい。金持ちになりたい・・・。
様々な理由があるのだろうが、「人の役に立つ為」に尽きるだろうということ。
知識が増えれば、人に教えることができるようになる。役に立つ情報を提供することができるようになる。そのために知識を習得して、学ぶのである。

どうしても、目先目先になってしまいがちな我々に対して、非常に考えさせられることが多い。

安岡正篤氏も、著書「知命と立命」でこのように書いている。
知命と立命―人間学講話 (人間学講話)


『荀子』の言葉から

「本当の学問というものは、立身出世や就職などのためではなく、
 窮して困(くる)しまず、憂えて心衰えず、禍福終始を知って、
 疑わないためである。」


我々は何のために学ぶのかといえば、第一に自己の自主性・自立性を研磨し、自由を確立することであり、それによって発達する自己を通じて世のため人のために尽くさんがためである。

MBCも、そういった視点を持って事業を行なって生きたい。
いかに、会員様、参加者の役に立つものを提供できるか。

東国原知事 

テレビ番組「プレミアA」(22時〜 フジテレビ)で宮崎県知事の東国原氏の特集を行っていた。本日、元三重県知事の北川氏らとともに、政策提言・運動組織「せんたく」を立ち上げたことなども注目されているが、今日の番組では、昨年の選挙戦の内容を振り返っている。

選挙の立候補当時は、県民からの支持は皆無に等しい状況だった氏が、地道に活動し、県民の支持を集める過程を紹介しているが、最後まであきらめない姿勢や、夢・ビジョンを具体的に語る姿勢、そして内よりも、情熱的な姿は、リーダーシップという面でも参考になることが多いと感じた。

特に印象的だったのが、選挙戦終盤、鳥インフルエンザで打撃を受けていた養鶏場を訪問し、誰もいないところで、演説というよりも、事業が大打撃を受けることを覚悟の上で、被害の拡大を防ぐために正直に告白してくれたことを感謝するシーンである。

選挙戦に勝つためではなく、宮崎を愛し、宮崎を良くするために知事になることを決めた氏にとって、自分のことだけではなく、大局的な視点で行動してくれた養鶏場の事業主は「同士」だったのかも知れない。そのことに、何よりも感謝して、何とかその想いに報いたいということだったのであろう。知事になる前から、「知事」のような思いを持って行動した氏は、知事になるべくしてなったといえるのかも知れない。

良いことばかりがクローズアップされており、多少美談のように語られていることかも知れない。それでも、常に将来を見据えて、自己の利益ではなく全体の利益を最優先する姿勢には、「理想的なリーダー像」を考える上では参考になることが多いと感じる。

リーダーに必要な要素は様々あるが

 ◆自分の想いをビジョンとして明確にする力
 ◆自分の考えをわかりやすく語る力
 ◆情熱をもってやり遂げる力


以上があるのであろう。

5年ほど前から宮崎県には、出張で年に4回程度訪問しているが、これほど宮崎県が注目されるのははじめてである。年に何回かしか行かないにも関わらず、知事の件は非常に身近に感じている。故に期待するところも多い。2年目の活躍を期待したい。

くれぐれも、過去のような「間違い」を起こさないでほしい。

あいさつをしよう! 

本日、某企業の幹部(管理職)研修を行った。

この企業では、2ヶ月に1度の頻度で研修を行っており、毎回研修のはじめに「近況報告」ということで、前回の研修から研修当日までの実践事項を振り返っていただく。

本日、その中である方の近況報告が非常に心に残った。
テーマは挨拶。挨拶くらい大きな声で行いたいものだということ。日ごろの挨拶を意識して行っていたところ、近所の自動販売機でジュースを買ったときに、「おはようございます!」と大きな声で「挨拶された」というものであった。また、帰りには「いってらっしゃい」と言われて、機械ではあったけども、やはり気持ちが良かったというものであった。

挨拶という漢字には「せまる」とか「ひらく」という意味がある。つまり、挨拶は相手とより良い関係を築く入り口なんだろう。しかしながら、日ごろの挨拶をそういった想いをこめて実践しているか?自分自身にも言えることだが、「ながら挨拶」や「いい加減な挨拶」をしていることが多い。たかが挨拶ではなく、もっと挨拶を大事にしたい。

近況報告をお聞きして、そんなことを感じた。

弊社では、毎年お客様を中心とした他企業の新入社員の方を集めて「新人研修」を行っている。この研修では、社会人としてのマナーや仕事に対する好ましい考え方をお伝えしているが、特に「挨拶」の重要性についても触れている。今一度、「挨拶」の意味を理解して、実践していきたいと感じる。

素晴らしい気付きをありがとうございます。

社員満足を高める 

昨今、顧客満足(CS)ならぬ社員満足(ES)が話題になることが多い。

社員の満足度をいかに高めるのか。
そして、社員の定着率を高める(離職率を下げる)ことが、企業の経営課題の一つになっていると言えます。昨今は、大卒新入社員の3人に1人が、3年以内に退職すると言われています。採用に多大なコストをかけ、教育研修に費用も時間もかけて、3年で辞めてしまったのでは、企業側にとっては大きな打撃です。コスト面だけではなく、将来の人員構成を考えた場合に、若い人材が定着しないことは大きな問題です。

昨年、「若年者の離職理由と職場定着に関する調査」(独立行政法人労働政策研究・研修機構2007/07)が行われ、若年者の職場環境や職業観をアンケートから明らかにしています。
このアンケートは、転職者を対象として行われており、「離職の理由」については、「給与に不満」が最も多く、次いで「仕事上のストレスが大きい」「会社の将来性・安定性に期待が持てない」「労働時間が長い」というものが続いています。一方、企業側が見ている(認識している)離職理由は「家庭の事情」「キャリアアップするため」「職場の人間関係がうまくいかない」となっており、次に「給与に不満」と続きます。単純に比較することはできませんが、回答の違いは注目すべき点だと言えます(企業側が把握している退職理由が「表面上」の理由である可能性があると言えます)。

また、同アンケートでは、「新たな職場を選んだ際に最も重視した条件」についても尋ねており、最も重視した条件は「仕事の内容」でした。そう答えた人へ前職の退職理由を尋ねたところ、「能力開発の機会が少ない」ことをあげている人が最も多かったというのも注目すべき点です(日経産業新聞 2007/10/11)。記事の中では、新人研修の不十分さや指導役がいないことを「人を育てる雰囲気がない」と感じる人が多いと書かれており、既存社員の定着性を高めるために、企業として人材育成に力を注ぐ必要があることを物語っています。
これまで、多くの中堅中小企業では、早く現場に出して、先輩社員の背中を見て仕事を覚え、お客さんに叱られながら成長していくという「現場任せ」の教育が中心でした。しかし、今後は社員の成長のために、企業側が体系的な教育環境を整備していく必要性が高まっていると言えます。

社員満足度を高め、定着率を高めるためにも、「教育」を見直して下さい。

再生はがき 

年賀はがきの「再生紙」は、再生紙には程遠い・・・

日本製紙グループが製造する再生紙年賀はがきの古紙パルプ配合率が、決められた配合率を下回っていることが判明。年賀はがきについては、40%を基準としていたとのこと。日本製紙グループに限らず、大手製紙メーカーが納めている年賀はがきは軒並み基準値を下回り、高いものでも、20%程度ということであった。

昨今、食品の偽装表示が問題視されているが、こちらは「古い」ものを「新しいもの」と偽っているのに対して、再生紙は、「新しい」ものを「古い」と偽っている。その結果、悪いことではあるが、麻痺させてしまう何かがあったのかも知れない。

実際、現在の技術レベルでは、再生紙の配合率を基準値にして要求品質を維持することは困難であるということらしい。「完成品」の品質基準を満たすために、やむを得ず行ったということであるが、他社も同様の処置を取っているということは、実は業界では「一般化」されていることなのかも知れない。

現在、業界関係者にそのあたりを確認中である。

古紙は現在、海外向けの需要が高くなり、かなり高騰している。
さらに、再生紙から上質の紙を作ろうとすると、かなりの技術が必要となるらしい。
「再生紙」=「地球・環境にやさしい」という消費者心理を逆手にとっての行動であるならば、やはり業界の「体質」そのものは見直す必要があるだろう。しかしながら、我々消費者も、イメージだけではなく、実態を知る必要はあるのであろう。
調べたところ、「再生紙」の明確な基準はないようである。配合率がわずか1%でも再生紙と言えるらしい。また、「再生」の定義も曖昧であり、一度製品化したものを、再度利用してもそれは「再生」になるという考え方もあるようだ。

世の中は「信用」によって成り立っている。
全てに信用できなくなり、疑い出したら、社会生活は何一つ送れなくなる。

しかし、それでも情報を鵜呑みにせず、踊らされことなく、取捨選択する能力を高めることは必要なことであろう。そのためにも、常に多面的にものごとを見ること。

来年度のMBCでは、論理的思考力を高めるための講座を現在検討している。その他、ご要望をお待ちしております。

日経平均 続落・・・ 

日経平均株価の下げがとまらない。

前日、14,000円を割った株価が、今日は更に下落。

前日終値比468円12銭(3.35%)安の1万3504円51銭

サブプライムローンでは、米国の金融機関が巨額の損失を計上。

人間性を養う「躾(しつけ)」教育の重要性 

「声に出して読みたい日本語」で有名な、教育学者の齋藤孝氏の著書「天才がどんどんうまれてくる組織」(新潮選書)の中で、宝塚音楽学校の「人材育成」についてまとめております。
ご存知の通り、宝塚音楽学校は、宝塚歌劇団の教育機関であり、音楽学校の2年間で、歌劇団というプロの場で活躍できるだけの「基礎」を徹底的に学ぶのです。
皆さんは「宝塚」のイメージをどのようにお持ちでしょうか。女性ばかりの集団であり、一種近寄りがたいものがありますが、宝塚は長い間、老若男女問わず、多くのファンの支持を得て発展しております。長く支持される秘訣は何なのでしょうか。華やかな演出や演技力なども重要な要素なのでしょうが、「宝塚」という組織特有の「古き良き文化」が、今でも多くのファンを魅了するもののようにも感じます。そこには、宝塚の教育に対する考えが大きく影響していると言えます。

本の中では「『身』から入るアイデンティティー教育」と題して、宝塚音楽学校の教育の特徴を「身体」から入るところにあると解説しています。「身体」から入る教育の一つは、知識ではなく、実技中心のカリキュラムが編成されているということです。我々も様々な研修を実施しておりますが、理論武装したところで、「実践」できなければ意味がありません。「知っている」ことと「できる」ことは意味が全く違います。「知識」を「実践」するためには、その為のトレーニングが必ず必要になります。音楽学校では、専門分野の指導者が、徹底した実践のトレーニングを行っています。

ここで紹介している「身体」から入るという部分には、もう一つ重要な要素が含まれております。それは「日常生活」における身を律する教育の徹底にあるということです。音楽学校の生徒は、歩き方から言葉遣いまで、生活態度を徹底的に指導されます。毎朝7時前には登校をして、1時間半近くをかけて、学校内を徹底的に掃除し、朝の掃除だけではなく、休憩時間や放課後でも、自分の担当するところが汚れていれば、気がついたときにすぐ掃除をします。ここまで徹底して掃除がされていると、使う側の意識も変わります。きれいに掃除されている場所を使う人間は、汚してはいけないという気持ちが働き、きれいに使おうと意識します。そこには、必然的に「相手を思いやる気持ち」が生まれてくるのです。お互いがお互いを思いやる組織、こんなに強い組織はありません。

音楽学校では、掃除以外でも挨拶や服装に関しても徹底して教育しており、身を美しくするという「躾(しつけ)」教育が徹底されているのです。

では、なぜここまで徹底した「躾」教育が行われているのでしょうか。そこには、教育に対しての思いが見えてきます。本の中では、副校長の話が紹介されております。副校長は、舞台を見れば、その人の私生活がわかると述べており、日常生活の行いが、舞台に繋がるため、日常生活の態度が最も重要であるということを強調しています。また、歌劇団の中で活躍することは、人生の本当にごく一部であり、成功できる人間は更にごく一部であり、良き芸能人としてだけではなく、良き家庭人、社会人として、社会の中でしっかりと生きていける女性を育てることが重要であるという信念が、厳しい教育につながっていると述べております。
音楽学校に入学する生徒は、皆、華やかな舞台で踊りたいという強い目的意識を持っているからこそ、この辛い生活にも耐えうるのでしょうが、それ以前に、教育する側の強い信念と徹底した人間教育こそが、「人づくり」を支えているといえます。

上杉鷹山に学ぶ人材育成の必要性 

人材育成の重要性については、前回のブログでも書きましたし、このブログの中でも繰り返しお伝えしていることです。そこで、今回は本ブログのおすすめ書籍としてご案内した「代表的日本人」でも取り上げられている、上杉鷹山から、人材育成の重要性とそのポイントについて考えてみたいと思います。

【上杉鷹山という人物】
上杉鷹山は、第九代の米沢藩主であり、財政難に陥っていた米沢藩を立て直した大名です。上杉鷹山について書かれた本は数多く存在しますが、様々な書籍の中でも、鷹山のことを、「リーダー」という視点で書かれた「上杉鷹山の経営学」(PHP文庫)は、今の時代の経営者が持つべき考え方や行動を非常に良く表しています。特に、大きな経営改革を必要とされる今の時代に非常に参考になる事柄が多いと感じます。
上杉鷹山の経営学―危機を乗り切るリーダーの条件 (PHP文庫)


鷹山は、米沢藩の藩主ではありますが、もともとは、九州の日向(今の宮崎県)の秋月家に生まれました。その頃の米沢藩の財政は逼迫しており、鷹山が後継する直前には、版籍奉還を幕府に申し出るまでに到っていました。このように、財政的には厳しい状況が続いているにも関わらず、一度染み付いた贅沢な生活や考え方はなかなか変えることができないもので、鷹山が藩主になった頃の米沢藩は、依然として、様々な行事に関しては、昔ながらの厳かな形式を重んじておりました。また、諸々の事情で、藩地は縮小されて、最大時の5分の1以下になったにもかかわらず、人員整理をすることもなく、歳入の不足分に関しては、藩民に「借金」をしてまかなっており、藩民への負担は、日に日に高まり、藩に対しての不満は高まるばかりでした。現代の企業に例えるならば、「経営破たん」寸前の「老舗企業」と言えます。鷹山は、破綻寸前の藩の再建を任され、様々な改革を行い、見事に米沢藩の再興を成し遂げたのでした。

各種信用調査会社のレポートによると、過去数年の倒産企業の傾向としては、創業30年以上のいわゆる「老舗」企業の倒産が、全体の25%以上を占めていると言われています(平成19年12月現在)。
私が知りうる限りではありますが、老舗企業の倒産の特徴の一つとしては、社長が世間体を気にするあまり、大胆なリストラクチャリングできないことがあげられます。また、「過去の栄光」にしがみつき、新しいものへの取り組みが遅れるという傾向もあります。
では、現代企業における「老舗」が倒産せず、経営再建を果たすためには、何が必要となるでしょうか。
老舗企業には、様々な「制約」がついて回ります。歴史のある企業ですから、地域の「目」は気になるところでしょうし、それまでのやり方(営業構造や商慣行)に固執する部分が多分にあります。
しかし、企業が守るべきものは、「事業」ではなく「企業」なのです。企業を取り巻く環境は日々変化しています。そのような中で存続発展するためには、「事業」は環境に適応して変化し続けなければなりません。
鷹山は、藩の再興に向けて、過去の栄光を捨て、まずは自らが率先して倹約を行い、土を耕し、帰農を奨励し、作物を育てるなどの民政事業を行いました。まさに、「企業」である「藩」を守るために、「事業」を環境に合わせて適応させたのです。
時代の変化は大きく、そして早くなるばかりです。昨年2007年は「2007年問題」ということで、団塊の世代の一斉退職にはじまり、組織の人員構成が大きく移り変わりつつあります。その中で、これまでは正しいとされてきたことや、うまくいってきたことでも、変えなければならないこと、変わらなければならないことを見極め、変革しなければなりません。変わる勇気、退く勇気を持つことは、老舗企業に限らず、企業経営においては必要な要件であるといえます。まさに、不易と流行を見極めた経営が必要になるのです。
変革を求められるものは、経営者だけではありません。社員さんにも同様に求められることであり、経営者は、社員さんに意識と行動を促す必要があります。そのためにも、人材育成は欠かすことができません。個の成長がなければ、組織の成長発展はありません。より多く、より良質の学びの場、気づきの場を提供することで、その意識と意欲は高まります。
鷹山も、人材育成の必要性を認識しており、改革と同時に、藩士・農民など、身分を問わずに学問を学ばせました。ここで学んだ中から、後々の藩の繁栄を支える人材が多く輩出されたことを考えると、組織の継続的な成長発展のためには、人材育成は重要であることを物語っています。

人間味 

私の「師匠」の一人が、著書で頭山満翁という人の言葉を紹介している。
※「師匠」といっても、勝手に思っているだけです・・・。

「世界にはいろいろな料理がある。中華料理、西洋料理、日本料理、どれもうまいけど、この世で最高の味と言えば、それは『人間味』という味だ。料理の味は腹の中に入ったら忘れてしまうが、人間の味は人々の想い出の中だけでも生き続ける」

人間味とは何か?

長所も短所も含めて「人間味」が出てくるのであろう。

いろいろな意見もあるのであろうが、短所はいくら努力してもなくならない。
むしろ、短所を少なくすることばかりに気持ちを向けると、確かに短所の「山」は小さくなるかも知れないが、結果として長所の「山」まで低くなってしまうのかも知れない。船井総研の船井幸雄氏は『長所伸展』を以前から推奨している。我々も『美点凝視』(よいところをみつけ、それを活かすという意味)を推奨しているが、人材育成で大事なことは、「その人の良いところはどこか」を見つけて、伸ばすことであろう。

長所が伸びると、短所も自然と減ってくるという効果もあるが、短所が気にならないくらい、長所を伸ばすと、短所が知らず知らずに「味」となることがあるのかも知れない。

企業も同じことである。
「企業味」とでもいうのであろうか。
その会社らしさを発揮すること。
俗に言う、「強みを伸ばす」ことが大事であろう。

我々は、そんなお手伝いができればと考えている。

◇経営者の「社長味」を伸ばす 経営者大学
◇社員の「社員味」を伸ばす MBC
◇会社力を伸ばす…名南経営センターグループで経営をサポートします!

グッドウィルの影響? 

弊社で開催している「経営者大学」に参加されている方が、近況報告でお話になったことだが、ここ最近立て続けに「採用の応募」に若い人が来たとのこと。これまで、採用に苦労していたが、急に増えた原因は「グッドウィル」が業務停止になったことではないかということ。

詳しい因果関係はわからないが、「グッドウィル」の日雇いないしは短期バイトで稼いでいた人が、職を探して「ハローワーク」や「募集広告」を見て応募してきた可能性が高いということである。

依然として、愛知県では求人倍率は高いままだが、株安、原油高など景気の不透明感などで、これまでは人手不足で採用を強化していた企業も、見直しを図らざるを得ない状況になっているのは事実である。売り手市場から一転する可能性はある。
ただし、全体的な人手不足感はあるため、長期的な視野にたった場合には、大企業の採用そのものは、それほど極端にぶれることは少ないのであろう。

いずれにしても、これまで求人広告を出しても、全く反応がない、と嘆いてた企業様は、もしかすると、今は一時的に「人あまり」の状況が出ている可能性もあるので、検討するのも一つの手ではないか。

「産業人の使命」(松下孝之助の想い) 

昨日掲載した松下電器の社名変更の件に引き続き、松下電器産業の話を。

松下電器には、今もなお受け継がれている「経営」に対する「想い」がある。

その想いは、「産業人の使命」という形で書かれている。
長い文章だが、引用したい。


産業人の使命というものは、貧乏の克服である。社会全体を貧より救ってこれを富ましめるにある。商売や生産は、その商店や製作所を繁栄せしめるにあらずして、その働き、活動によって社会を富ましめるところにその目的がある。社会が富み栄えていく原動力としてその商品、その製作所の働き、活動を必要とするのである。その意味においてのみ、その商店や製作所が盛大となり繁栄していくことが許されるのである。商店なり製作所の繁栄ということはどこまでも第二義的である。しからば、産業人の使命たる貧乏を克服し、富を増大するということは、何によってなすべきか。これはいうまでもなく、物資の生産に次ぐ生産をもってこれをなすことができるのである。諸君は縁あって松下電器に職を奉ずる以上、わが松下電器の使命に絶大なる歓喜と責任を自覚しなくてはならぬ。この責任を自覚しないものは遺憾ながらいわゆる無縁の衆と断じなくてはならない。われわれは人数の多きを尚(とうと)ぶのではない。たとえ人数は寡少であっても、同じ使命に生きるものが、堅き団結のもとに力強く使命に向かって邁進してこそ、無上の生きがいあるものを感ずるのである。自分は今日よりこの心境において力強く諸君を指導し、松下電器経営にさらに改めて力強く邁進しようと考えるのである。 われわれの理念は高く、使命はまた遠大である。したがって自分の諸君に要望することも、ある場合に極めて峻烈(しゅんれつ)であるかもしれない。しかし、自分は、次代をよくするためにわれわれが犠牲となることは最上の最たるものとは考えていない。最上の最たるものはわれわれが十分人生の幸福を味わい、人生を全うし、なおかつ次代をよくすることであることをもって自分の理想としているのであるから、また諸君の労が適当に報いられること当然であると考えている。


非常に深い文章であるし、熱い文章であり、かつ暖かい文章である。
この考えから、有名な「水道理論(哲学)」が生まれている。

我々も、強く、高い使命感をもって仕事をしたいものである。

「松下」のなくなる日 

松下電器産業が社名を「パナソニック」に変えることを発表した。

「経営の神様」と言われた「松下孝之助」が創業して90年、その歴史が大きく変わるときがくる。これだけの大企業が、大幅に社名を変えることは珍しいし、特に「松下」という創業家の名前が入った社名を変えるのには、並々ならぬ決断があったことと感じられる。

社名変更の詳しい内容やこれまでの経緯は、新聞やTVニュースで報じられているので、ここで取り上げるまでもないが、世界市場を見据えたときに、「松下」よりも「ナショナル」よりも、「パナソニック」が良いということと、「松下孝之助」の精神は継承しながらも、「創業家」ではなく、本当の意味で「公器」として「自立」することを選んだということだろう。

経営コンサルタントとして、経営支援を行い、社員研修などを行う上で、松下孝之助の考えをもとに話をすることが多いだけに、「松下」という名前がなくなることに対して、一抹の寂しさを覚える。また、その影響を心配する気持ちもある。

しかしながら、最近の若者(20代)は、実は「松下孝之助」のことを知らない。

意外と思われる方も多いかも知れないが、新入社員研修や若手社員研修の参加者で、松下孝之助を知っている人の割合は、20%にも満たないのである。そして、若い人は、やはり「松下電器」「ナショナル」というブランドよりも、「パナソニック」ブランドの認知率が高いのである。

そう考えると、実はすでに「松下」は「松下」「ナショナル」を実態では脱していたのかも知れない。次の株主総会で承認を経て、10月に社名変更を予定しているようだが、新生「パナソニック」の動向を見守りたい。